日本大学法学部での13年間のゼミ活動を振り返って
2022年4月1日,日本大学法学部臼井ゼミナールは学習院大学国際社会科学部へ引き継がれる。この節目に際しこの13年間の日本大学法学部でのゼミ活動を総括しておきたい。この記事の読者の対象は,ゼミの現役生・卒業生,教職員や保護者の皆様,未来のゼミ生や高校生など,さまざま浮かぶ。マーケティングではターゲットを絞るのが通常だか今回はあえて絞らない。絞る能力が私にはないのが正直なところである。どこから話せばいいのかわからないほど,ゼミは私にとって大きな存在である。そこでここではありのまま,思い付いたままを綴っていくことにする。少々読みづらい箇所もあるかもしれないが,ご容赦いただきたい。
2008年4月,日本大学法学部の臼井ゼミナール(以下,臼井ゼミ)がスタートを切った。前任者のゼミ所属の学生諸君を「0期生」として迎え,これに4月募集の1期生4名を加え,その第一歩を踏み出した。臼井ゼミはすでに2006年に桜美林大学ビジネスマネジメント学群にてスタートしていた。桜美林では2期まで受け持った。桜美林での2期生が日大での1期生と同期になる。2006年当時の私は35歳であり,このときの1期生が2022年には当時の私とほぼ同じ年齢を迎える計算になる。感慨深い。日本大学法学部では14期の諸君と共に13年の年月を歩んできた。13期生がこのたび卒業し,14期生は2023年3月25日に卒業見込みである。日本大学法学部臼井ゼミは14期生が卒業するその日まで継続する。代によっても異なるが,1学年10〜15人で研究活動してきた。2006年から考えると実に15年間で約200人の卒業生を送り出してきたことになる。
ゼミ生には毎年12月に開催される学術論文の全国大会「IBインカレ」で優勝するという高い目標がある。そのため,ゼミでの活動時間のほぼすべては学術論文の執筆にあてられる(論文執筆の意義については以前ブログに書いたのでそちらを参照)。ゼミ生はまずは関連する文献を探して読み漁り,自分自身で問いを立てる。文献だけではわからないこともあるので企業現場のご担当者へインタビューにも出かけていく。企業担当者へのアポ取得もすべて学生が行う。並行して統計学も勉強する。消費者調査も行う。国際比較もやる。何度もやり直す。堂々巡りが続く。ゼミ生は主体性を持ってこの知的な冒険の旅に出る。教員は最大の注意を持って見守り,導くという心構えが肝要である。研究活動を通じて,主体性を持ってこれまでの自分自身を大きく超えていく「自己超越」の精神を養うことを臼井ゼミでは理念に掲げている。
いまでは私もベテラン教員の域に入り,同僚にゼミナール教育の秘訣を尋ねられるようになった。いつもこう答えている。ゼミの独自の文化が形成され,そして理念として定着するまでには3〜5年程度の時間が必要であり,その中心には間違いなく「先輩」の存在があると。先輩の努力し大いに成長していく姿を見て,志の高い後輩がゼミの門を叩く。組織文化とは常にそのように形作られるものである。教員は何もしていないし,何もしないほうが良い。しかし1期生,2期生のときは私自身も手探りであり,ゼミ生の皆さんには大いに苦労をかけたと思う。ゼミの目標や活動内容に対する理解や共感が大きく異なるメンバーでの活動には自ずと無理が生じる。計画通りに進まないのが常である。当時はまだIBインカレの前身の論文大会に参加していたが,法学部の学生がマーケティングや国際ビジネスの論文を執筆するには大いにハンデがあり,他大学の専門ゼミの議論にはついていけなかった。私の指導不足であり,悔しい思いをしたと思う。しかし2期生,3期生と連なっていくうちにゼミの組織文化が形成されていくのに手応えを感じた。ここで臼井ゼミでの1年間の活動を簡単に紹介しておこう。
日本大学法学部では2年生の11月にゼミ入室試験が実施される。合否判定の後,臼井ゼミでは12月中にはキックオフ,1月早々からサブゼミ活動が開始となる。まずは3月の春合宿に向けた個人戦に突入する。実は私は3月の春合宿まで2年生(新3年生)の指導には一切関わらない(ようにしている)。すべて先輩に任せている(管理責任はもちろん私にある)。先輩たちはちょうど1年前に自分たちが経験したことを1年後には後輩に指導しなくてならない。曖昧な理解では指導はできないため,徹底的に勉強し直すことになる。Respect should be earned, not givenなのである。春合宿で新3年生は個人研究を報告し,統計学や基本文献の試験に挑む。まさに個人戦である。私が春合宿において注目しているのは新3年生を懸命に指導する先輩たちの真剣な表情である。自分たちが指導した後輩の実力が試されるのが春合宿なのである。この春合宿を経て,新3年生は晴れて臼井ゼミの一員として自立する。主役は自分であり,すべては自分の責任である。この当たり前のことをすべてのゼミ生(後輩も先輩も)は身を持って経験し,心に刻む。
4月に入ると3年生はチーム(3〜5名程度)での論文活動に入る。ここからは先輩は関与しない。チーム同士での切磋琢磨の場へ移行する。毎週のプロゼミでの発表と議論のため,各チームはサブゼミを通じて準備を進める。プロゼミでは発表15分+質疑応答15分で進んでいく。私はファシリテーターであり,議論の主役はあくまでゼミ生なのである。プロゼミでは皆の議論を通じて論理を積み上げていく。読むべき文献や資料はプロゼミでの議論を通じて自然と浮かび上がる。私から研究テーマや文献を一方的に紹介することはこれまで一度たりともない。このようにして徐々に論文のテーマを自身の手で絞り込んでいく。夏休みに入る前までに学術的にも実務的にも意義あるリサーチ・クエスチョンを固める。研究者はもちろん,社会人院生の方で論文執筆の経験がある方であればお分かりになると思うが,自らの力でリサーチ・クエスチョンまでたどり着くのは初学者にはなかなか難しいものである。
そして9月には夏合宿を迎える。IBインカレの論文提出は11月中旬ごろであり,このあたりから完成品の具体的イメージが固まり,現実味が帯びてくる。夏合宿では,リサーチ・クエスチョンに基づいて夏休み中に収集したデータ(企業インタビューやフォーカスグループなどの1次データ)を持ち寄り, 3日間みっちり議論する。ここで作業仮説を固めて10月に大規模なアンケート調査を実施するのが通常のパターンである。国際比較のために日米中の消費者へアンケートを実施することもある。追加のインタビューに出かけることもある。しかしいずれにせよ意義ある仮説を構築し,質問項目(測定方法)を作成し(引用し),プリテストを経て,サンプルの収集にあたる。これを約1ヶ月間で行う。ゼミ生一人ひとりの「主体性」と「チームワーク」が原動力とならなければ,この時期は乗り切れない。これまでの積み上げもものを言う。論文を自分ごととして捉え,自身の立てた問いを追求する熱い思いが宿っている。協力いただいた企業の方や関係者に恩返しをしたいという思いもあるだろう。
夏合宿と前後してゼミ生は英語論文の執筆にも着手する。8期生あたりから法学部の教職員の皆様の支援により,学部内の課外講座として「Academic Writing」という講座を開講いただいている。こちらをゼミ生は履修し,5月から英語力も鍛えている。余談ではあるが,英語は世界標準のコミュニケーション言語としてビジネス系の大学生は皆,修得すべきであると私は考えている。私は言語教育の素人だが,やはりライティングが英語力を磨くには最適であると考えている。「ライティング力=スピーキング力」であると言ってよい。この講座をマネージしてくれたRyan, Joe, そしてTomにこの場を借りて心より感謝したい。ありがとう。
まとめると,9月の夏合宿から11月中旬の約2ヶ月間で仮説検証を伴う学術論文を英語で仕上げるのである。これは大学生にとってかなり大変なことである。真のチームワークが問われるのがこの時期である。チームメンバーの一人ひとりが力を発揮し,互いに協力し,全員が大きく成長しなければ,高い目標は達成できない。実際にこの時期にゼミ生は大いに成長してくれる。
論文提出後, 12月に開催のIBインカレ本番に向けてプレゼンの準備に取り掛かる。と同時に11月はゼミ試験の時期でもあり,後輩に向けたゼミ説明会と入室試験を実施しなくてはならない。現役の3年生は1年で最も忙しい時期を迎える。この時ばかりは4年生の先輩も手伝ってくれる。説明会も面接もゼミ生主体で企画・運営される。ゼミ試験においても,教員の関わりは最小限とし(最大の注意を持って見守る),現役の3年生が自身で決めた基準で後輩となる2年生を迎え入れる。2年生は当初から先輩の姿に憧れ,臼井ゼミへの入室を希望することになる。日本大学法学部には5学科あり,学科を越えてゼミを選択できるため,毎年,私の授業も履修せずに,私の顔を全く知らないという志願者が少なくない(たとえば,法律学科の学生がマーケティングのゼミに入室するということになる)。12月のキックオフで私の顔を初めてみて,3月の春合宿で私と初めて会話するゼミ生もいる。これも5期生ぐらいまでは私の授業の履修生やマーケティングを勉強したいという志願者が大半を占めていたが,8期生あたりからは先輩への憧れやゼミの組織文化が主たる志望動機となっていった。極めて健全である。ここでも学生主体が徹底されているのが臼井ゼミである。
そしていよいよ12月にはIBインカレ本番を迎える。毎年ドラマが繰り広げられるこの大会ではあるが,2021年大会には全国の大学の14ゼミから34チーム,300名超が参加する国内最大の論文大会にまで成長した(詳しくはIBインカレのウェブサイトを参照)。IBインカレでは各大学のゼミ生同士が切磋琢磨できる環境が整っている。ここでIBインカレにまで範囲を広げて日本の大学におけるゼミナール教育についても私見を述べておきたい。IBインカレは今年で12回目を迎える国際ビジネスをテーマとする大学ゼミによる学術論文の全国大会である。IBインカレの歩みを振り返ると,やはりここでも主体性を持った学生同士が互いに高め合う場の価値を強く感じる。ゼミの特徴・強み,主たる研究分野,扱うデータの種類,データ分析の方法,プレゼン力は,ゼミ間で実に多様である。もちろん一定の基準に則り競い合うのだが,この多様性の中から学ぶことにむしろ意義がある。海外の現地へ長期のフィードワークに出かけたり,留学生とチーム編成したり,高度な統計分析方法を用いたり,卓越した営業力で数多くの企業インタビューを実施したり,プロのナレーターのようなプレゼンを披露したりと,実にさまざまな個性で彩られるのがIBインカレの舞台である。この舞台を通じて出場学生の皆さんは大いに学び,成長する。この切磋琢磨の舞台には,教員の言葉や指導が足元にも及ばない高い教育効果がある。出場学生の皆さんにはわからないかもしれないが,実は我々教員同士もこの舞台で切磋琢磨している。互いの指導方法を評価し合い,互いに学び,よいものは取り入れ,ゼミ活動を進化させていく。臼井ゼミもIBインカレの舞台を通じて,これまで大いに成長させていただいた。IBインカレでは順位が決まる。明暗が分かれる。学生同士の学問の交流の場であれば,順位は必要ないのかもしれない。しかしこの舞台が真剣勝負の場であるからこそ,互いに学び大きく成長できるのである。IBインカレ出場の学生も教員も同じ思いであろう。なぜ臼井ゼミが優勝を目指すのか。ややおこがましいが,臼井ゼミでは他のゼミに大いなる刺激を与えることこそが,IBインカレへの最大の貢献になると信じているからである。「全国の大学生を驚かせる」。これが臼井ゼミの裏の目標である。志は高くである。その結果,他のゼミに大いに驚かされてきた。今後もIBインカレは全国の大学生の成長の場として発展していくだろう。その主役は出場学生自身であり続ける。教員は皆,支援者である。
ここまで思いつくままに綴ってきたが,ここで臼井ゼミの前史について触れておきたい。先達から学び成長するのが人類の歴史であり,大学のゼミナールもまた然りである。私は大学院時代に明治大学商学部の諸上茂登先生(当時)に師事した。社会人との二足の草鞋で研究活動を開始した私であったが,諸上先生はそんな私にもご自身のゼミナールの指導の一部を任せるという指導方法を採用してくださった。そこで思いがけず,博士前期課程(マスター)の時点で,学部のゼミ教育に携わるという貴重な機会をいただくことができたのである。この経験が私の人生のキャリア設計を大きく変えたと言っても過言ではない。そもそも研究者としての道を歩むかどうか(博士後期課程に進むかどうか)まだキャリアが定まっていなかった会社勤めの当時の私に,諸上先生は大学教員の仕事としての魅力を身をもって教えてくださった。私は米国の州立大学を卒業しており,日本の大学のゼミについては全く未経験であった。諸上ゼミにおける研究活動において,ゼミ生が仲間と共に大きく成長していく,その美しい姿に大いに魅了された。その後2006年3月に大学院を修了し,4月に着任した桜美林大学において,諸上ゼミをモデルとする臼井ゼミ1期生はスタートを切ることとなったのである。
さて話を戻そう。12月のIBインカレが終了すれば,春合宿に向けて後輩指導が始まることはすでに述べた。しかしこの時期に臼井ゼミにとって重要なイベントが開催される。それは2月に卒業生を招いて開催される「臼井ゼミ総会」である。現役生と卒業生の縦の絆をつくり,年齢を越えて交流する場が臼井ゼミ総会である。臼井ゼミでの活動を基礎に,さらに社会でチャレンジを続ける先輩の姿にここで現役生は出会える。私はいつも卒業生には「良きライバルであろう!」と声をかけている。私にとって臼井ゼミの卒業生はもっとも強力なライバルであり,私自身も卒業生の皆さんの良きライバルでありたいと思っている。残念ながら2021年2月はオンライン開催となり,2022年2月は延期となったが,2022年6月には対面での開催を企画している。卒業生に胸を張って会えるよう,現役生も私も日々努力するのである。まさにオール臼井ゼミでの成長の仕組みがここにある。
それではそろそろまとめに入りたい。
日本大学法学部での13年間はまさに光陰矢の如しであった。ゼミ生の皆さんと共に駆け抜けてきた13年間であった。臼井ゼミ卒業生の皆さんと現役の14期生に心より感謝の意を表したい。本当にありがとう。皆さんと共に過ごした日々は私の宝物であり,私は本当に幸せ者です。皆さんと共に過ごしたこの13年間,私自身もまた自己超越に挑戦してきた。まだ道半ばではあるが,今後も皆さんの良きライバルとして,研究に教育に,そして学内・学会活動等において私の挑戦は続く。終わることはないだろう。私は常に自分との戦いによる成長,すなわち「自己超越」を理念として掲げてきた。「超越」とは,普通の程度を遥かに超えることという意味である。「自己」とはまさに己であり,己にとっての常識やできる範囲,能力を「遥かに超えていく」ことにこそ真の挑戦があると私は信じている。「遥かに」超えることはもちろん一朝一夕にはできない。千里の道も一歩からであることは重々承知している。しかし,しかしである。高い目標を掲げ,それを実現する個人の挑戦,努力,挫折,そして継続力こそが,個を確立させ,社会への貢献につながるのである。挫折は勲章である。高い目標を掲げるからこそ人は挫折するのである。高い目標に向かって挑戦する「仲間」の姿を見て,我々個人は奮い立つ。自己超越とは矛盾するように感じるかもしれないが,結局我々は社会の中の個人なのである。自己超越を目指す個人の連鎖が社会全体で大きなうねりとなれば,自ずとこの社会は成長し発展していくと私は固く信じている。そのためには自分自身こそが社会発展における千里の道の「一歩」であることを忘れてはならない。私もまだ挑戦の途中である。皆で高い目標を掲げながらも日々「一歩」を踏み出し続けることに挑戦しよう!
2022年3月27日
日本大学法学部 臼井哲也
自宅書斎にて